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  1. 笠ヶ岳山荘について(0)
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1975年春山合宿北鎌尾根から滝谷へ②

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 8月17日(木)20時27分2秒
  スライドショーに入れた字幕を見るには、以下の通りスライドショー画面上での設定が必要です。

・パソコン画面の場合は画面下の「字幕」のアイコンをクリックすると字幕が入ります。
・スマートフォンの場合は、画面右上の“縦の三つの点”をクリックし、字幕を有効にしてください。

BGMがややミスマッチの感がありますが、なるべく長い曲をと選んだ結果です。もちろん、こだわりの音楽センスの無さは言わずもがなですが(^^;

https://www.youtube.com/watch?v=Eag2gRy4BFs&feature=youtu.be

 
 

さすが こだわり さん

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 8月17日(木)08時21分45秒
     スライド作成にあたり映写したものを写真化するあたり、湯っ栗も ようやるわ!と思います。ある種の執念と思い入れがなければ、こんな思いに、到達しません。

   かく言う湯っ栗もデェスプレイ上の画像を欲した場合に、jpeg化できないシロモノは、ディスプレイ上の画像をデジカメで撮り、jpeg化して文章に貼り付けたりしますが、これは他に手がない(スキャナーが読み取れないなど)のではなく、写真購入代金をケチってるだけですもんね。アハハ・・・。

  北鎌~滝谷スライド、北鎌の部分がどこを登ってらのか。槍の穂先の画像があったのか釈然としませんでしたが、行ってないので、さにあらんでしょうね。

写真は脈絡ないが、今朝の門司・大里地区の日の出。右端は戸の上山のシルエット
 

1975年春山合宿北鎌尾根から滝谷へ

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 8月16日(水)12時21分50秒
  スライドショーをつくってみました。

せっかくだからと字幕を一所懸命入れたのですが、うまくアップできず、そればかりか入れたはずの字幕はどこかに消えてしまい、数時間を無駄にしてしまいました。

まあそれよりも、色褪せてカビの生えたポジフィルムでしたが、画像処理により当時のザックなどの色合いが再現できてますので良しとしましょう。

なお、本来ならスキャナーで読み取るところですが、20年ほど前に購入したフィルム用スキャナーがwindows10に対応していないため、スキャナーでは読み取れず、仕方なくスクリーンに投影してデジカメで撮影したのち色補正を行った、というところです。ピントの甘いのは致し方ないところです。

我ながら、ようやるよ・・・(^^;
 

アッ、先を越された!竜王山ルポ

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 8月 6日(日)13時16分44秒
   こだわりさんの視点で描かれた竜王山ルポをさっき読んだ。えらくクールに書いていたが、こっちは大変やった。そこんところを湯っ栗の視点で表すと以下になった。同じ山に一緒に登ったのにこうも違う。そんな観点で見ると面白いのではなかろうか・・・。

 ひょんなことからこだわりさんが来門することになり、それではと近場ではあるが下関の海の守り神を祀る竜王山(614m)へ案内することとした。門司駅で合流した後、初めて登る山の名を伝え、加えて海の守り神を祀っていることを告げると「ふむふむ、竜王なら雨乞いもあるじゃろ」と、ずばり言い当てたのだ。さすが伊達に歳はとっていない。しかしまだ薀蓄のひとかけらを出したに過ぎないぞ、と身構えもしたのだ(てな訳ないか)・・・とまぁ本州へ渡る道中はこんな会話から始まったのよね。

 つまりは『防長地下上申(※1)』によると「峰には平地、竜王の森があり竜王山」とその由来が記されており、つまりは大陸から響灘を渡ってきた空気が日本に来て最初にぶつかる山なので、竜王山近辺は雨雲が発生しやすく、昔から雨乞いの神事が行なわれてきた」とある。他愛ない会話の中で、海に近く孤高を保った山容と地元民に愛着のある山なのだ、とすばやく察するあたり やはりタダモノではないわね、こだわり様は(と2回も持ち上げてどうするんだい!?)。

 でカンカン照りの猛暑だもの、登山の準備をするだけで汗が滲み出る始末。よぅこんな日に登るもんやね、とお互い苦笑するも、ここまで来たら遠来の客を粗相のないように案内するしかない。いざ出発。登山口の吉見下の導標には、山頂まで約3k(標高差560m)と記されており、八幡の街から皿倉山、或いは安部山公園(小倉)から足立山のノリ、大分なら宗方から霊山・本宮山てなもんかな。この暑さでは簡単とはいかないが、里山に毛の生えたぐらいの認識は前回、9年前に登った際(※2)、1時間ちょっとで到達した記憶からきていたものと思う。

 ところがである。中宮までひと登りなのに、のっけの石段から急で足取りはまったく重い。更に尾根に出るまでもけっこう急な登りに、こんな筈じゃなかったとの思いが先走り、尋常ならざる汗が噴き出した。加えて一歩ごとに呼吸が荒く、足取りは牛歩の如く。こだわりさんも心配そうに「どうしたん?その息遣いは」とつぶやく始末。しかし答える術がない。見ての通りで先が思いやられたのだ。

 ここ1ヶ月余り、サンデー毎日からくる気の緩みか、或いは直前で分かった右肩腱断裂とその後の処置の煩わしさを思い悩んだ末の心的負荷?によるものか。ただ単に「寄る年波には勝てぬ」では説明できない難渋な登りに、心境は複雑であったが、体調面は経過観察するしかなかろうもん、と開き直るしかなかったんですね。

 一方で登山ルートそのものはツバキやシイ、スダジィ、タブノキなどの照葉樹林のトンネルを潜り抜けるので、直射日光は避けられるし、心地よい風も吹き渡り、自然環境にケチはつけられない。むしろ盛夏ゆえ緑のトンネルのありがたみがよく分かったし、尾根に上がると、いくぶん斜度も弱まり、その分ゼイゼイ吐息も和らごうというもの。

 ほどなくの上宮は登山道からは外れ、石段を30段ほど上り詰めるのが難儀だったが、客人の案内上外せない。もっとも社について充分説明できる知識はないが、重層な石畳とその奥に鎮座する簡素な社の取合せ、全体のたたずまいに海の守り神としての歴史を感じとってもらえたらヨシとしたい。

 さて前回の記憶によると上宮から山頂まで尾根道をだらだら登りで20分余りだった筈。しかしここでもピッチは上がらず小憩2回を経て、山頂にはやっとこさ40分余も要して到着。とても里山に毛の生えたぐらいの山登りではなかった!が正直な感想だったと思う。それでも森を抜け、広々どっしりとして360度の眺望に優れた頂は、地元の名山たりうる証ではあるわな、と案内人としてはヒィヒィ言いながらも鼻高々である。

 直後に登ってきた二組のおじさんたちと挨拶を交わし、一息ついたあとは、グルっとその秀景を見渡した。先ず真っ先に目がいってしまうのは、関門海峡を隔てた地元門司半島の企救山塊。風師山からポコンと高くなった戸の上山、やや稜線が下がった後に隆起するは足立山だが、その背後に平尾台の最高峰・貫山が重なるように映る。更に西へ転じると、うっすらと牛斬から福智、だんだん鮮明に皿倉山を経て八幡の街へと視線が動いたが、その説明が終わるか終らないぐらいのタイミングで

「俺はね、八幡駅から皿倉~福智~牛斬~採銅所駅まで総延長35km累積標高差2500mの長大な稜線を7時間余で走りきったんだぜ(※3)」

 と宣ったのは傍らのこだわりさん。アレレ・・・山域は違うがどこかで聞いたようなセリフだったか・・・と苦笑い。まぁご愛嬌の範疇だが、かくも竜王山は超レアな話題をも誘発させざる展望を持っていたのだ。

 さて下山ルートは北に5㌔、縦走路でつながっている鬼ケ城山を目指そう、と少なくとも登山開始まで考えていた。しかしくだんの体たらくではとても覚束ない。さりとて同じコースを下るには面白みはなく、せめて近い将来?の竜王山~鬼ヶ城縦走の下見を兼ねて、吉見峠経由で周回コースを取った。

 がここの下りは一直線、一気呵成の急降下で尋常ではなかった。宗像四塚連峰は孔大寺山から垂見峠のそれも記憶に残っているが、それよりも難易度は高かろう。張り巡らしたロープにすがり、慎重に下ろうとするも、腱断裂の右肩を庇うあまり右手は殆ど使えず、バランス悪し。這う這うの体で峠へ降り立った際、蜘蛛の巣を顔に絡めながらも安堵の表情を浮かべていたに違いない。

 後は廃道となった緑陰の里道をジグザグと下り、炎天下の集落を経て登山口までよくも歩いた。結果、登りに1時間40分、下山に2時間を要し周回コースを結んだが、600㍍余りの単独ピークを登っただけにしては、えらくハードな山登りやったなぁ、と反芻しきり。それでも何とか案内人の役目は果たせたものと思うが、出力不足でオーバーヒートに陥ったこの体たらくを秋口にはリカバリーせんといかんな、と密かに思い巡らしている。

(※1) 江戸中期の長州藩の村や町の状況を詳しく記している文書。
(※2) 2008年3月 「春色にわかに満ちて、唐突に下関・竜王山に登るの巻」栗秋 記 参照
(※3) 2003年10月「皿倉山~牛斬山ランニング登山」挟間 記 参照
(コースタイム)
門司駅8:22⇒(車)⇒吉見下(県道244号)登山口9:15 23→上宮10:17 20→竜王山11:02 25→吉見峠への分岐11:28→吉見峠12:17 20→下登山口13:25 38⇒(車)⇒吉見温泉(入湯)13:41 14:15⇒(車)⇒門司駅15:35

写真上:汗でボロボロになった25000分の1の地図。
  中:山頂でツーショット
  下:吉見峠へロープにすがり急降下
 

竜王山~吉見峠 補足

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 8月 6日(日)12時12分14秒
   この山行を思い立ったのは、湯っ栗さんが「毎日が日曜日」になったことに加え、北部九州3日間有効のJR切符が1日を余して無効になるのが勿体ない、という気持ちからなのです。

 従ってどこぞ当てがあるわけでもなく、山の選定は湯っ栗さんまかせで、門司駅に出迎えを受けてから行き先を知らされた次第です。

 鬱蒼とした登山道からは山頂の広々とした展望は思ってもみなかったのですが、湯っ栗さんから380度のパノラマの説明を受けているうちに“彦島”という言葉が出て、はっとした次第です。

彦島は、「2009年(平成21年)2月28日現在の人口は31,126人(下関市役所ホームページによる)と、本州・北海道・九州・四国・沖縄本島などを除くと日本有数の人口の多い島で、島内には重工業地帯が広がっている。」(ウィキペディアより)とあるように「日本のスエズ運河」(井沢元彦)関門海峡にあって大変重要な島なのですね。

 その昔の馬関戦争(下関戦争、1864年)で長州が敗北した際、イギリスから彦島租借の要求を突き付けられているんですね。最近読んだ本の中にそのことが触れられていましたので頭に少しだけ残っていました。

 “こだわり”は恥ずかしながら彦島に対する知識がまったくなかったのですが、竜王山の山頂から彦島一帯を遠望しながら、如何にこの一帯が日本にとって要衝かを感じ取りました。

 そしてあの時、イギリスの要求を呑んでいれば彦島は「香港」になっていたんだな、そうならなかったのは、全権を委任された高杉晋作の頑張りのほか、四か国艦隊の連合だったことが幸いしたとか(前出、井沢元彦「逆説の日本史20」)・・・運が良かったということもありますが。

 行き当たりばったりの山行のつもりでしたが、思わぬところで日本史の舞台を俯瞰することができましたことを、体調不良を押して付き合てくれた湯っ栗さんに感謝せんといかんですね。

写真: 彦島方面をズームアップ
 

竜王山~吉見峠(下関市)

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 8月 6日(日)10時04分8秒
   湯っ栗さんが“ぼちぼちうんちく”くんと同様、この6月末をもって永年携わってきた仕事から解放され、晴れて自由の身になった。「毎日が日曜日」となったわけだ。そこで、

 先週末金曜日、電車で門司まで、門司からは湯っ栗さんのソウルレッドクリスタルマイカのロードスターのお出迎えを受け、下関市近郊の竜王山に登って来ました。以下、報告。

 一年のうちで一番暑い時期の、たかだか600mちょっとの山に登るのだから、相当暑いだろうと覚悟していたが、登山口から山頂に至る登山道はヤブツバキ、スダジイ、マユミ、リョウブ、エゴノキ、ヤブニッケイ、ハイノキ(すべて登山道わき、それぞれの木の傍らの案内標識による)などが生い茂る、トンネルのような小径であったため、緑陰と尾根筋を吹き抜ける心地よい涼風のお陰で、急登もさほど苦にならなかった。

 歩き始めて1時間40分ほど、そろそろ展望が欲しいなという気持ちが強くなる頃、雑木林のトンネルを抜けた先は、予想だにしなかった(単に予備知識がなかっただけだが)展望が広がった。

 草原状の山頂からは、貫山、足立山、福智山~皿倉山など北九州の山並みや眼下に彦島など、さらに風師山など関門海峡に面した山々から瀬戸内海方面などなど、好天に恵まれ飽くことのない眺望を満喫できた。

 当初予定は鬼ヶ城までの縦走としていたので、下りは吉見峠方面にコースをとるが、これが大変な急下降で、ロープ頼りの下り約50分であった。

 いくら緑陰と涼風のお陰でとはいえ、一歩緑陰を逸れ炎天下にさらされるとさすがにこの時期の暑さによる消耗は激しく、鬼ヶ城までの縦走は早々と諦めた。

 吉見峠からはアスファルト舗装の車道と廃道に近い緑陰の林道がエスケイプコースとしてあるが、当然迷わず荒れた林道を下った。県道に降り立つ頃から炎天下にさらされ、路側帯の無い交通量の多いアスファルトの県道歩きでは、冷や汗もかいた。

 締めくくりは吉見温泉(吉見温泉センター)。

(コースタイム)
登山口9:22→中宮9:26→五合目10:00→鬼ヶ城分岐10:57→山頂11:00-11:24→吉見峠12:16→県道→登山口13:40頃

写真① 緑陰の小径を行く 時折の涼風が汗ばんだ体に心地よい、 写真② 足立山、貫山、福智山、彦島などを遠望する、 写真③ 関門海峡から瀬戸内海方面

ダイジェスト動画も観ることができます。

https://youtu.be/Zg5PqVPwi6g

 

近況

 投稿者:ぼちぼちうんちく  投稿日:2017年 8月 1日(火)11時01分22秒
  こだわり氏の祖母山行も今一天候に恵まれず というところでしょうか?
それぞれの楽しみがあるとは思いますが、天気が悪いとやはり・・・・。

7月中旬にトムラウシへ行き、7月下旬は北ア、8月上旬もどこかへと計画しておりましたが、
ご承知通りの悪天続き、東北は梅雨明け宣言なしの年となりかねない状況です。

お盆の混雑の中、わざわざ信州方面へ行く気にならず、また台風5号の影響もあり、山はお盆明けからということになりそうで、少々焦り気味の感無きにしも非ずです。
ということで、お盆は、山形 朝日(日暮沢~寒江山)にでもと思っております。

今日は退職して1か月経過で、朝ジョギング:切りのいい距離5KM 30分の汗かきでした。
少しでも、体力維持というところでしょうか。
 

感心することばかり

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 8月 1日(火)09時32分22秒
   週日、週末、岩、壁、山と精力的に動き回り、アラ古希とは思えぬこだわりさんの行動力には敬服しますね。で祖母山、この〇〇暑い時期によーやるよ、と思っていましたが、豊明クンに呈ちゃんの登場とあっては、ひと肌脱がざるを得なかった、ということですね(お二人にはすっかりご無沙汰しております)。

 でバイクから山へやや変節気味とはちょっと心配ですが(笑)、アラ還世代はまだ若い。チャレンジする価値は大いにあります。バイクにはない新しい世界が見えてきます。とは言ってもこだわりさんの庇護の下、(師匠の)教えをよ聞いて愉しんでくださいよ。

 その際、師匠から、祖母山頂からなら「俺はね、総延長45km累積標高差4000m以上のこの長大な尾根を日帰りしたんだぜ」は想定内としても、九重山群を歩けば遥か見晴かす長大な祖母~傾の稜線を遠望しつつ、同じセリフを、はたまた南に下がって大崩山の石塚に立てば鹿納や五葉、夏木などの向こうに出べそにも似た傾山のにょっきり鈍頂とその彼方にどっしりと構えた祖母山を眺めても、またまた同じセリフを何回ともなく聞くことになると思うが、それはそれ、授業料と思って親身に聞いてやって下さいね。

 おっとそれはともかくお二人には暑中見舞い代わりのご挨拶とさせていただきます。それに江角マキコばりの謎の美女にして登山指導助手、MYさんの登場も花を添えましたね。この時期蒸し暑く、蚊の襲来なども予想される中、おっちゃん三人なんかで登っても、ただ暑くむさくるしいだけですもん。

 かくいう湯っ栗はこの暑さに、門司の片隅で息をひそめて涼しくなるのを待っていますが、ずっと隠遁している訳にもいかず、週末6日は縁あって小倉のディーキューブアートスタジオ(絵と彫刻の専門学校)の先生や生徒有志と宝満山に登ってきます。暑いのは承知の上でも、(この集団だもの)山頂でスケッチなどできれば望外のヨロコビかなと思っています。
 

祖母山 7/30日帰り

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 7月31日(月)09時59分19秒
  未報告の登山紀行の宿題が溜まっていますが、後から次々に上書きされてしまい、ついこの間の山も記憶の彼方へ、という感じですね。今西錦司先生は晩年、1000山を過ぎたころから「直近に登った山が一番ええ」とよく言われていたような気がします。そのお気持ちが解る年齢になってきました。

さて、2017.7.30 メンバー:“こだわり”、豊ちゃん、呈ちゃん、それに加えてM嬢(登山指導助手) こだわりの義弟とその職場のバイク(自転車のことで、エンジンが付いたモーターバイクとは区別して欲しい)好きは、このところバイクから山へやや変節気味。

5月の石鎚山に続く第2弾。リーダーの私・“こだわり”がこのところ足元が覚束ないことに少々不安があったが、タイムリーなことにクライミングの弟子(?)のM嬢が同じ日に祖母山にソロ登山(最近は単独行とは言わない)する予定だ、という。

ならば初心者二人のために登山の指導助手を請い、ここにアラ古希とアラ環のトリオにM嬢の混成パーティが編成された。

連日猛暑の大分市からは想像もつかないが、祖母山系や竹田市周辺はこのところ結構、ゲリラ的な豪雨があってるらしく、予想だにしなかった(単に見透しが甘いだけなのだが)川上渓谷の水量に、当初予定の黒金山コースを断念。宮原コースのピストンとする。

尾平から見上げたときは山頂付近は霧の中だった。「稜線に上がるころには晴れてくるさ」と言ったものの、標高600mのスタート地点から1400mの宮原までの急登は、霧は一向に晴れず「そよ」とも吹かぬ風・・・蒸し暑さから滴る汗、虻の来襲に閉口しながら「よくもまあ、こんな蒸し暑い時期に登りたいなどと言ったもんだ」と誰からともなく愚痴が。

結局、山頂まで暑さと、虻と、霧は変わらず。山頂には5~6人の登山者あり。天狗、烏帽子の稜線がわずかに見えるだけ。

晴れていれば、前障~大障子~山頂と続く障子尾根、障子岳~本谷山~笠松山~傾山~三つ尾と連なる祖母傾縦走路・・・長大な馬蹄形尾根が一望できるのに。そして、「俺はね、総延長45km累積標高差4000m以上のこの長大な尾根を日帰りしたんだぜ」と少しく自慢の時間をとろうと思ったのに・・・・残念。

下りは、湿った木の根っこに足を滑らせすってんころりんするアラ環以上組を、最後尾から終始物静かに見守るM嬢。野郎三人だけよりも、場の雰囲気を和やかにしてくれた彼女に感謝。

(コースタイム)尾平7:09→宮原9:39→山頂11:12-40→宮原12:35→尾平14:40
※のちほど豊ちゃんから届いたラインの一文に「Mさんを先輩と奉ります」と。次回も助手のお勤めを期待しましょう。
 

友人に誘われて戸畑の絵画教室へ体験入学

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 7月27日(木)17時25分44秒
   退職したら風景画(スケッチ)の腕を上げたいなぁ、と思ってきた。山旅や物見遊山な旅でも、計画から実行、そして記録を残すことで完結する(と思っている)。その意味でこれまでルポの類は文脈に沿って画像(写真)ばかりを取り込んできた。しかしハガキ大でもスケッチの技量があれば、あとあと印象に残るに決まっている。画像ではなく挿絵を・・・とそんな願望が、最近とみにもたげてきたんですね。

 そんな折、門司在住の輪友で美術にも造詣の深いK子さんから唐突にメールがきた。

『明日、26日 ハガキ絵の先生のところへ見学に行きませんか?門司を10:30ころ出発して戸畑へ自転車で行きます。行けるなら先生に了解を貰います』と。これだけでは詳細は分からぬも、“ハガキ絵“というフレーズにはちょっと琴線が触れた。もちろん『行きます。お願いします』と返したのは言うまでもない。

 で炎天下の道すがら、自転車で前後しながらK子さんに聞いてみると「私も生徒の一人。先生の本職は銅版画家で、水彩画も教えているよ」、「一緒にデッサンのつもりで書いてみようよ」と。「えっ!観るだけで描こうとは思ってないよ」と返すと「まぁまぁ行ってみて決めれば・・・」とラフな成り行きにちょっと戸惑った。が、まぁ取って食われる訳ではなし、自転車漕ぎ漕ぎ30分余で戸畑区のK井先生のアトリエに到着した。少し緊張しつつ身づくろいも整えないと、と思うも汗だくで涼むのが先決だったけど・・・。湯っ栗よりやや年配と見受けた、ご婦人先生との挨拶はそこそこだったのだ。

 一方で既に年配のご婦人が一人、黙々と(のように見えたが、仲間が増えるとおしゃべりになった)鉢植えの観葉植物を描いている。この教室の生徒の一人で、教職を退いて12年余り、悠々自適で絵画修業を愉しんでいるといった風情。コレクター帳?にはハガキ大の静物画が数十点収められており、見させていただいたが、(技術的なものは分からぬも)意気込み溢れる作品群だったかな。

 さて湯っ栗と言えば観るだけのつもりが、ハガキ大の用紙と色鉛筆をあてがわれ、目の前の鉢植え植物を描いて!とK子さんの仰せ(先生は後ろで静かに頷いている)。鉛筆で輪郭を描き、後は水性色鉛筆で色彩を付けるのだが、いきなり描いて、と言われても困ってしまう。ならもぅ開き直りだぃ!と2B鉛筆で書いては消しを繰り返した。まさにデッサンの真似事を “ハレの舞台“で唐突にやっているのだから、開き直りの二乗の上を行っているに違いない。特に葉っぱの表が反り返って裏も見える部分はどう描くのか、表現が難しい。もちろん先生のアドバイスを受けながら(でも言ってる意味が分からない部分も・・・苦笑・・・)時は流れ、着色もして出来上がったのが、上の写真だ(中の写真は2枚目に描いた鉢植えのサボテン)、フーフー。

 で出来栄えはともかく感心したのは、水性色鉛筆の存在と水性だからこそ水を含ませた筆で伸ばせば淡彩画の趣を得られること。画材一つをとっても、玄人の世界は奥が深いのだ。最後は珈琲をいただきながら年配のご婦人生徒氏を含め、一人2枚づつ、計6枚の“作品“を窓際に並べて、先生と各人が品評する。もちろん素人の身としては、気恥ずかしいかぎり。発する言葉も見つからないが、それでもこのゲイジュツ談議の片隅に加わるだけ(聞くだけ)でも興味はそそる。結果としていとおしい時を刻んだのは論を待たず。

 但し欲を言えば湯っ栗が学びたいのは絵手紙的風景画のスケッチ技法であり、その意味ではやや指向性は異なるのだ。そんな学習の場はありませんかねぇ?・・・と体験の場をセットしてくれたK子さんに感謝しつつ、そっと呟いたのだったね。

写真上:ギボウシのミニチュア版?かな 一枚目のスケッチ
  中:2枚目はサボテンを描く
  下:K子さんは銅版画も習っている。刷り上がった一枚。なかなかの出来上がり

 

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