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  1. 笠ヶ岳山荘について(0)
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Re: トムラウシ

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 7月18日(火)09時51分15秒
  天気に恵まれてのトムラウシ登頂おめでとうございます。
北海道にとってこれからの2か月ほどが一年のうちで一番良い季節ですね。
これで、日本百名山全山完登にかなり近づきましたね。

トムラウシと言えば、もう20年近くも前に旭岳から縦走したことがあります。
この時は一気に十勝岳までの大縦走を目論み、25キロ(旭岳ロープウェイでの計量)も担いだのですが、トムラウシから天気が悪化し、やむなくトムラウシ温泉に下山しました。

それで十勝岳は宿題が残ったままになっています。
宿題といえば北海道の山には、カムイエクウチカウシを目指した3年前の夏、八ノ沢の増水で3日間の待機後やむなく断念したほろ苦い思い出もあります。

あーっ、それから、言い忘れてました。
大分県産品とJAおおいたの全国的PRありがとうございます。
大分県で農業に関わったOBとしてお礼申し上げます。
引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
 
 

トムラウシ写真:2

 投稿者:ぼちぼちうんちく  投稿日:2017年 7月18日(火)08時03分21秒
編集済
  写真のみ
写真1 トムラウシ公園 お花畑(チングルマの群落)
写真2 トムラウシ(花は、千島桔梗)
写真3 コマドリ沢雪渓(下山時)傾斜は、比較的緩い
 

トムラウシ 初の北海道(写真速報)

 投稿者:ぼちぼちうんちく  投稿日:2017年 7月18日(火)07時39分40秒
編集済
  湯っ栗氏の富士登山など皆様方もそろそろ夏山シーズンインの中、7/15トムラウシに登ってきました。
7/16からは悪天となり、ぎりぎり好天に恵まれ、残雪と高山植物がきれいな1日でありました。
十勝、大雪の山々も展望でき大満足ではありましたが、往路 5H30M 復路5H05Mの長丁場でした。
仙台よりフェリーで苫小牧、苫小牧からレンタカーでトムラウシ温泉東大雪荘へ(1泊:¥9870/泊)
丁度、花のシーズン・3連休で、レンタカーと全国各地のナンバープレートが勢ぞろい(大分、岡崎、諏訪、湘南などなど)。
人気の山であることを再認識いたしました。

写真1 お約束の登山のお供 JA大分トムラウシに登る(後は、大雪:一番左が旭岳)
写真2 トムラウシより十勝連峰
写真3 前トム平~トムラウシ公園間よりトムラウシ山を望む
 

なるほど

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 7月18日(火)06時44分55秒
  「本懐を遂げる」とは大仰!・・・まぁ富士山はその1としておきましょう。しかし新たなスタートをきってみて本懐その2.その3、いや本命たるものが見えてこんのよねぇ。いままで規則正しく動いてきた生活バターンが、エアーポケットに落ち込んだみたいに、生活の有り様に戸惑いが多い。もっと地に足が着いた成すべきものがあるんじゃないか?などと。目の前ではガブリエルさんから指摘された災害ボランティアを志すとか、なにかしらの社会(奉仕)活動に加わるとか、そんな想いが片隅にありますねん。方向性が定まらぬ五月病みたいなもんかねぇ(笑)。  

「本懐を遂げる」など、まだ早いよ

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 7月17日(月)09時27分32秒
  日本最高峰の富士山登頂おめでとうございます。
これは、第二、いや第三の人生の出発点としての記念すべき山行ということですね。

「本懐を遂げる」に相応しい山行は、これから先に計画していかないとね。
 

快晴の富士剣ヶ峰に立ち、男子本懐を遂げる

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 7月12日(水)11時20分39秒
   富士登山は単なる登山に非ず。登らぬ○○、二度登る○○のたとえのように、ニッポン国民として富士山に登る行為は「魂の巡礼」的意味合いを持ち、日本人のアイデンティティを再認識せしめる旅。そんなふうにずっと思ってきた。よって一度は登らなければならなかったが、6月末の退職を機に記念碑的山行と位置付けて決行と相成った。呼びかけに応じて同行してくれた相棒は元某中央鉄○学園山岳部同期で気心の知れたH島君。

 さて7/9本番日、富士吉田口五合目から早朝3時半過ぎに登りはじめ、吉田口の頂上に8時45分、時計回りにお鉢をめぐり、剣ヶ峰は9時半、更に大沢崩れ上部を過ぎた稜線で、剣ヶ峰にカメラを忘れたことに気づき(相棒殿)引き返したり、稜線上で昼食を摂ったりしたため、頂稜滞在は2時間余り。吉田口五合目着が13時半。登って降りて10時間の長丁場でした。登山では過去に北岳や穂高の標高は体感しているものの、3200m以上は初めて。登るにつれ酸素の薄さを実感し、特に3700mの稜線上、剣ヶ峰の登りは一歩進める毎に息が上がった。高度の影響、侮るべからずか。

 退職後はヒマラヤトレッキングもいいなぁ。その一環で5000~6000m級の易しいピークぐらい登りたいなぁ、など淡い願望を描いていたが(まだ諦めた訳ではないが)、ここでこんな体たらくでは、ヒマラヤトレッキングなど汗顔の至りかな、とリアルに思った次第。

 下山後は御殿場から箱根の山を突き抜け、真鶴半島の温泉宿泊。翌10日は西伊豆の達磨山(981m)に登り秀麗富士山を遠望したり、西伊豆南西辺境の地の無料露天温泉2ヶ所に浸ったりと、富士登山のダメージを癒し、山といで湯を愉しんだ。

写真上は最高峰剣ヶ峰
中はお鉢と稜線(真向いに剣ヶ峰を望む)
下は西伊豆は松崎町の秘湯・雲見温泉の露天風呂。
(※1)
(※2)
(参加者) 長谷島、栗秋
(コースタイム)
7/8 門司駅11:03⇒(小倉からのぞみ24号~新神戸からひかり470号~静岡から在来線普通電車)⇒富士
駅16:27 (長谷島と合流・レンタカー手続き・買出し)17:20⇒(国道139号~富士スバルライン経由)⇒
富士スバルライン五合目駐車場19:30  車中泊  晴れ時々曇り
7/9 駐車場3:32→五合目登山口3:37→泉ヶ滝3:50→六合目(富士山安全指導センター)4:10 19→七合
目(日の出館)5:08 22→八合目(蓬菜館)6:22→八合目(白雲荘)6:44 52→本八合目(富士山ホテル)
7:17 19→八合五勺(御来光館)7:48→九合目8:13→吉田口頂上8:45 56→(時計廻りにお鉢巡り)→
富士宮口山頂9:14 18→剣ヶ峰9:31 43→(大沢崩れ上部を過ぎたピークで、剣ヶ峰にカメラを忘れた
ことに気づき往復した後、同ピークで昼食10:16~31)→吉田口頂上10:46 56→(下山道)→下江戸分
岐11:25 26→獅子ヶ岩12:38 44→六合目12:58 13:01→五合目登山口13:26→駐車場13:31
45⇒(スバルライン~東富士五胡道路・富士吉田I.C⇒須走I.C~御殿場~国道138号~小田原~国
道135号経由)⇒真鶴町16:50    ペンションSHIOSAI泊 (宿はアルカリ性単純泉の温泉)  晴れ
 

桑原山黒内谷沢登り②

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 7月 4日(火)22時08分54秒
  地図の朱線はGPS軌跡ログ、青線は予定コースです。
次回は何とか青線部分を完登したいものです。
 

桑原山黒内谷沢登り①

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 7月 4日(火)22時04分20秒
  梅雨の合間の好天に恵まれた7月2日、大分宮崎県境の桑原山の宮崎県側の谷に入ってきました。
暑中お見舞いにはまだまだ気が早いですが、一足お先に清涼感を満喫してきました。

谷は水量多く、下部とはいえ大小さまざまな滝の連続と高捲き、時にロープも使ったため単なる河原歩きではなく、変化の連続でした。これに加えてパーティの力量のこともあり思いの外時間がかかりました。

今回は結局、下部のみで終わりました。次回は大分をもう少し早発ちして、入渓箇所をもう少し上部からとし、何とか完登したいものです。

梅雨真っ只中のはずだが、適度の水量、まとわりつく虫もおらず、清涼な沢登りを満喫できました。

次回こそ完登を!!
 

読了 大儀であった(^^;

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 7月 4日(火)10時41分0秒
  この掲示板に書き込みをしなければならない諸々のことがあるのですが、とりあえず湯っ栗さんの長~い読後感想文に当事者として知らん顔もできないからね。ここは応えんといかんでしょう。

さて、
 湯っ栗さんの読後感想文を読み、最近頓に衰えかけている“こだわり”の記憶力に鞭をふるいつつ、記憶の断片を繫ぎ合わせる作業により、あらためて「翔ぶが如く」を反芻しているところです。長編歴史小説の読了にはかなりのエネルギーが必要ですが、そういう意味では読後感想文までしたためた湯っ栗さんには“あっぱれ”と言いたいですね。

さて、その「翔ぶが如く」読了以後ですが、
① 可愛岳から城山に至る薩軍の敗走には数々の血なまぐさいドロドロしたもの・・・古今東西、秩序・統率力を失いかけた軍隊の敗走にありがちなもの・・・が想像できますが、湯っ栗さんも締めくくりで書いている通り、その実体はどうであったのだろうか、もう少し掘り下げつつ敗走路を脊梁の山々とともに辿ってみたい気がしています。

② 「極東の小国が“坂の上の雲”を目指して歩み続けた時代は、国家そのものが一途で純朴であった。それがどこでどう道を踏み外したのか“大東亜戦争”に突入していってしまう。そこに得体のしれない何かが作用した」というようなことを司馬さんが「この国のかたち」(だったかな?)で考察していますね。司馬史観を理解するためにも、倉庫の段ボール箱から引っ張り出して読み直さんといかんかな。

③西郷と大久保を対極に据えた司馬史観は、歴史小説を面白くしていますが、「本当のところどうなんだろう?」との疑念がなくはないですね。本論からは少し外れますが、田原坂から日露戦争二百三高地に至る乃木希典の評価なども、随分と分かれますので、ここは冷静に史的事実を見極める眼を養わないといけないか、とつくづく思います。そういう意味でも司馬さんの本を読み返しつつ、その対極にありそうな歴史読本と比較しつつ自分なりに歴史を理解していこう、との思いです。

いずれにしても①~③にはエネルギーと時間が要ります。それに理解力と理解したことを持続する記憶力・・・若いころは当たり前であったことが今はそうでもない・・・残された時間と体力と脳力はそんなにないからなあ・・・。

湯っ栗さんに森麻季のスタンドアローン(下のURLをクリック)を贈りましょう。サラ・ブライトマンのものよりこっちが“こだわり”は好きですから(^^;

https://www.youtube.com/watch?v=dCsx0IiIKi4

 

「翔ぶが如く」全10巻 読了にあたり我、想う

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 7月 1日(土)22時44分32秒
   『翔ぶが如く』全10巻を“こだわり“さんから借り受けて早3ヶ月余、しかしエンジンがなかなかかからずGW明けから通勤時間を中心にちょびちょび読み進めてきて、ようやく先週6/25に読了!となった。まったく読めなかった日もけっこうあったので、なんだかんだで一月半以上もかかった計算。そもそもの興味は革命を起こして維新を成功させた西郷隆盛が、どうして新政府に反発して反乱を起こしたのか。いったい何を考えていたのか。しかも、そんな西郷がなにゆえこうも高く評価されているのか、ということが知りたかったのだ。うんうん動機はなかなか単純・素朴にしてアカデミックではないか(笑)。そんな訳で“こだわり“さんへの御礼も含めて読後の感想を記してみたい。また長いと言われそうだが・・・。

 春先に読了した『竜馬が行く』が全8巻だったので、量的にはそれを上回る。長かった所以である。おっとそれでもこの間、ハラハラドキドキ、近代日本を形作った明治初期の政治活劇は、巧みな展開に引き込まれ、ドーパミンが絶えず湧き出ってサクサク読書を後押ししてくれた、と言ってもいいだろう。読者冥利に尽きたひとときだったのだ。

 さて『竜馬がゆく』は竜馬の暗殺で幕を閉じるが、『翔ぶが如く』では竜馬が見ることのなかった一歩先の世界を描いている。それは竜馬が夢想した、輝かしい未来というには程遠いものだった、と言える。つまり『竜馬が行く』で示した近未来の夢は、明治維新後の『翔ぶが如く』で厳しい現実路線の対立を招き、すんなりと維新後の国づくりがなされた訳ではないことを明らかにしている。特に征韓論で袂を分かち、西南戦争に至るまでのドラスティックな政治の変遷は、明治維新を教科書的知識でしか描ききれなかった湯っ栗にとって、想像以上に激動の時代だったことに驚きを禁じ得なかった。

 もちろんこの時期、日本国最大の内戦と位置付けられる西南戦争に至らしめたことは国難とは言え、恥ずかしながら明治元年になった途端、国の仕組みや人々の暮らし、社会全体のシステムがコペルニクス的転回で、変わってしまったかのように思い込んでいたのだから。

 しかし読み解いていくと、それらが急に変化したわけではなく、個々の生活は少しずつ変化したり、変化しなかったり、思考や行動においても然り。いろんな思惑が絡み合って維新はなされ、物語に登場する政治中枢ひとりひとりの言動、振る舞い、綱引きの産物として維新後が形作られていった、と言える。

 ここで時系列的な政治現象を網羅すると、明治維新後の近代国家への過程において、尊皇攘夷⇒大政奉還⇒倒幕・戊辰戦争⇒太政官政府の成立、文明開化⇒薩長土3藩の軍事力供出と近衛兵の創設⇒藩籍奉還⇒実質的な政府の統治(薩摩のみはその間、独立国として温存)⇒断髪・廃刀令⇒不平士族の反乱⇒明治10年西南戦争勃発と終了⇒明治政府の実態が固まる。というすさまじい変転があった。まるで手品のような変遷振りであって、あちら立ててれば、こちら立たず。勢い太政官政府は独裁専行にならざるを得ない。気が付けばそんな背景を半ば肯定しつつ、或いは共鳴して読み進めていたのであります。

 一方で登場する個々の人物の描き方も興味をそそった。西郷隆盛は、自らが行った明治維新の後、武士たちが存在意義を見失い不満をつのらせていることに、悩み苦しむ。彼は、不平士族の鬱積のはけ口として朝鮮への出兵―すなわち征韓論を唱えるも、大久保利通ら他の閣僚に反対され、政府を去り、鹿児島に帰る。やがて彼は、桐野利秋ら側近に反乱の首領としてかつがれる...。

 西郷を情の人とすれば、大久保は冷徹な保守政治家である。今は、国家の基礎を築く時期と考えた大久保は、戦争によって士族の歓心を買うよりも、敢えてその憎悪の的になることを選ぶ。また彼にとって、己の主張が通らないからといって政府を去る西郷のやり方は、大切な仕事を途中で投げ出す無責任な態度に他ならない。下野する西郷に大久保は言う、「いつでもこうじゃ、いまはちゅう大事なときにお前さァ、逃げなさる。後始末は俺がせなならん」と。

 本書に登場するもう一人の重要な薩摩人は、1874年に警視庁を作った川路利良である。彼は、世話になった西郷に恩義を感じつつも、他の多くの同胞のように西郷を追って下野することはなかった。それどころか、いずれ起こるであろう士族反乱を見越し、密偵を使いかつての同志たちを取り締まろうとし、激しい憎悪を彼らの間にひき起こす。しかし、自ら見聞したフランスの警察機構に近代国家の青写真を見い出した彼は、自己の信念をまっすぐに貫き、新国家の治安維持に身をささげた。

 物語では、西郷の一派とは別の反政府勢力、民権派についても触れている。西郷らを封建的秩序の回復を目指す右翼とすれば、民衆の自由・平等を理想とする自由民権論者は左翼といえよう。左右両派が政府に抱く不満は当然であった。明治維新は、無血革命として革命そのものは成功したが、その後の新国家建設のために多大な犠牲を各階級に強いた。農民・町民は多大な税金や徴兵に苦しみ、武士は禄を失い、徴兵令や廃刀令により軍人としての地位や誇りも奪われた。いったい何のための維新なのだと、多くの国民が嘆いた。

 このように、もっともな怒りが爆発したのが各地の士族反乱や農民一揆であった。しかし、反乱はしょせん破壊にすぎない。後の歴史を冷静に眺めれば、民衆の苦悩に目をつむりあえて改革を断行した大久保や川路の処し方こそが、明治初期の国家を支えたのだということが分かる。また自由民権運動は後の大日本憲法発布、国会開設につながる歴史的意義はあるものの、それだけで近代日本ができあがったとは言えまい。

 西郷の人格が高潔であるのは事実であったろう。またその悲劇的運命から後世の人々が彼に同情するのも無理からぬことではあるが、国家の礎をつくりそれを軌道に乗せたのは、地味で冷徹ともいえる大久保や川路あるいは長州出身の伊藤博文や山県有朋ら保守派の努力であったということは、歴史の根幹として押さえておくべきであろう。

 西郷は半年におよぶ西南戦争の果てに戦死したが、桐野利秋という薩摩軍に担ぎあげられ、何も指揮を出すことなく移動を共にするだけの無口な偶像として祀られただけ。戦略も何もないまま、無駄な殺し合いが続いた薩軍の末路は哀れである。征韓論や西南戦争で西郷の取った行動、振る舞いは、湯っ栗には期待はずれだったし、この小説は西郷が主人公と思いつつ読み進めると、どうも違うような気がして戸惑った。新聞に連載しながら、司馬さんは西郷という人物を描くことで、西郷隆盛という人間を明らかにしようとしたようだが、結局分からなかった、と述懐している。その意味で全巻を通してドラスティックかつテンポよく読了に至ったものの、西郷個人の本質は捉えきれないまま終わったと湯っ栗も同調してしまう。その一点で少しばかりの消化不良が残ったことを記しておきたい。

 最後に西南戦争も大詰め、可愛岳から脊梁山地を敗走するくだりは、かって“こだわり“さんと脊梁を旅した時、或いは彼が所属する“緑”の山行で、関係する山々に足を運んだ際の彼の記述から、想像を膨らませて関心があった。そこでもっと具体的な地名や場面が現れ、山地を背景とした心理的描写なども、もっと見られるのでは・・と期待して最終巻に踏み込んだ。しかしまったくあっさりと城山まで転進(敗走)してしまい、彼の山地と西南戦争の関わりが濃厚に演出されることはなかった。司馬さんもそこまで現地取材が及ばなかったということか。ちょっぴり残念だったのよね。

 とそれはともかくあくまで史実に基づいて描かれているので、『竜馬がゆく』や『燃えよ剣』のような娯楽性は無いが、現在に続く日本の国家体制の成立について理解を深め、非常に勉強になったことは確かである。

写真上:「竜馬がゆく」全8巻⇒「翔ぶが如く」全10巻へ
  中:歴史を大きく動かした薩摩の英傑三人衆 西郷隆盛、大久保利通、川路利良
  下:片や長州閥の系譜は ①木戸孝充 ②伊藤博文 ③山県有朋 で決まり!
 

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