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  1. 笠ヶ岳山荘について(0)
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一回は登ってみたい富士と槍

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 6月15日(木)17時19分20秒
   7/8~10で東京の岳友と富士山にチャレンジします。もちろん梅雨の真っただ中です。天気次第では旅そのものを取りやめることも視野に入れて。欲を言えばこの夏のシーズンに槍ヶ岳も登りたい(縦走で!)とささやな夢を抱いております。

 こだわりさんは「うーん、単にピークを踏む、というところ辺りが、この10数年の間に山に対する登山観が随分と変遷を遂げてきた“こだわり”とは、温度差がさらに開いてきたような気がするなあ。」とありますが、既に北や南アルプスの主だったピークを、しかも縦走形式で踏んでいる人と、昔「1本3万円」でピンポイントで剣や穂高、北岳しか登っていない湯っ栗と登山観が違うのは致し方なかろう、と思います。

 もちろん旧式アルパインスタイルの岩登りやボルダリングなど指向性を広げて久しいこだわりさんとは、おのずとスタイルの違いはありまするね。

 で目の前の富士山、吉田口(ホントは静岡県側の富士宮口が頂稜に着いてから剣ヶ峰までが近いので、ここにしたかった。しかしこの時期はまだ閉鎖中)を早朝発ちたいと考えていますので、登山口は違えど記録は参考になります。頂稜まで5~6時間はかかるということはけっこう大変な登山なんだ、と今更ながら思っています。
 
 

富士山の想い出

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 6月15日(木)11時03分9秒
編集済
  飯豊の続報がないことでご心配をおかけしております。
いえね、ちゃんと飯豊本山の頂上に立ちましたし、豪雪で知られるこの山域の残雪期を十二分に堪能してきましたよ。この山のことを続報でどう表現しようか大袈裟に思い悩み、その一方で6月に入ると本業もそれなりに忙しくなり、レポートが途絶えている、とっいったところです。いずれ近いうちに。

さて、今日の本題。
湯っ栗さんの退職後の最初の遠出が、富士登山とのこと。そして次が槍ヶ岳とか。うーん、単にピークを踏む、というところ辺りが、この10数年の間に山に対する登山観が随分と変遷を遂げてきた“こだわり”とは、温度差がさらに開いてきたような気がするなあ。

それはともかく、“こだわり”の富士山、一度目は以下のURLにあるように家族と姉夫婦で登った平成元年(1989年)ですね。そして二度め、会社の若手社員ら計8名で登ったのは平成24年(2012年)のことですね。

会社の仕事仲間との時は、スタートから「各自の体力差もありましょうから、それぞれマイペースで登り、マイペースで下り、最後は元気で御殿場で全員合流して打ち上げをしましょう」との、日本最高峰の山を社内募集したにしては何とも“無責任な”S登山隊長の号令。そんなわけで各自マイペースで山頂を目指しました。

で、高度に弱いはずの“こだわり”は、何故か二度目の今回、高度障害がなく調子が良かったため、別に競い合ったわけではなかったのだけれども、気が付けば一番に剣ヶ峰の山頂に立っていたわけです。以後、今日まで富士登山でこだわりは社内農業化学品部門では“レジェンド”になっております。

最後はどうなったかって? 最後尾の下山を待って御殿場に向かうものとてっきり思っていたのに、早く下りた者から御殿場のホテルに直行。直ちに打ち上げ宴会。宴が盛り上がる午後8時前ころ、最後尾の3名から連絡が入り「たった今、やっとこさ下山。もう宴会の元気もないのでこのまま東京に帰るわ」・・普段仕事に追われ、若手とはいえ体を動かしたことがどう考えてもなさそうな3名なので、とりあえず無事下山をホッとするとともに、何ともノー天気というか、いい加減な登山隊に、内心苦笑したものでした。

(コースタイム)2012年8月31日 富士山須走口駐車場で車中泊、9月1日 5:20五合目登山口発→7:23本六合目→8:13七合目→8:50本七合目→9:39本八合目→10:18九合目→10:54頂上浅間大社奥宮→12:13剣ヶ峰→13:23頂上浅間大社奥宮→16:08登山口

写真1: 須走登山口から山頂を見上げる、写真2: 山頂まで長蛇の列、 写真3: 剣ヶ峰山頂は、記念写真におさまろうとする人で順番待ち

最初の富士登山は以下のURLへ

http://www.oct-net.ne.jp/w-hasama/yamakiko/fujisan.htm

 

残雪の飯豊連峰 その2

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 6月 2日(金)10時01分55秒
編集済
  ところで、1992年昭文社発行の山と高原地図「飯豊山」では、大日杉登山口から地蔵岳経由での切合小屋までの所要時間は5時間30分と記されている。

がしかし、同社の2008年の地図では、同一コースの所要時間は7時間に修正されている。若者主体であった頃と、中高年主体の百名山ブームに沸き始めたここ10年とでは、標準コースタイムに差があることは致し方ないことだろう。

それに加えて行程の半分以上は、腐れたザラメ雪とあっては、1992年標準コースタイムを維持したいとの気持ちとは裏腹に、大量の残雪に阻まれての登高となり、初日の切合小屋までの所要時間は7時間28分。標高差1130m、累積ならば約1300mとはいえ、少々かかりすぎた。

ぼちぼちうんちく君の当初計画書は2008年地図のコースタイムを基に作成したものだが、内心は初日に頑張って飯豊本山小屋までとの胸算用をしていたから、うんちく君にとってはほぼ予定通りなのだが、余力を残したことにほんの少しの頑張り不足を感じつつ本日の行動を終えた。大日岳だけまで明日の頑張りに期待しよう。

(コースタイム) 大日杉登山口7:08~長之助清水8:15~地蔵岳10:47~御坪13:30~切合小屋14:36

以下URLをクリックすると入山初日(5/27)のダイジェスト動画がご覧になれます。

https://www.youtube.com/watch?v=Inc-DFsIoCk&t=28s

 

残雪の飯豊連峰 その1

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 6月 2日(金)09時56分28秒
  やっせんぼさんには、M教授からの良好なご神託に期待しましょう。

さて、表題。ぼちぼちうんちく君と5/26~31実動4日で飯豊連峰と栗駒山に登ってきました。
以下、報告です。

「山はいっぺんに登りつくすのではなく、心を後に残すのがいい」との深田久弥の教えに感化されて飯豊連峰も、はるばる九州・大分から三度目の入山となった。

三度目ともなると過去2回の登山で登り残した最高峰・大日岳は何としてもその頂上を踏みたいとの明確な思いをもったことも事実。しかしそのわりにはいつものことながら、行程・計画はすべてうんちく君任せ、というところが、気まぐれ編集長らしく、一方、“こだわり”らしからぬ一貫性の無さ、と言おうか。

前夜大日杉小屋に21時過ぎに到着。越冬から覚めたおびただしい数のカメムシ君を掃除して床を作ったりで結局、うんちく君と旧交を温める間もなく就寝。

翌27日、霧雨の中の出発。長之助清水付近から霧雨もしだいに上がり始め視界が利いてきた。それとともに残雪期の飯豊の真っ只中に身を置く喜びを噛みしめながらの登山となった。

標高1400mくらいから上は一部の南面を除き稜線までの雪のため夏道が寸断され、ルートミスしないよう神経を使った。地図で想像した以上にアップダウンもあり、陽光に照らされた雪面歩行、顔中をまとわりつくブユの大群には閉口した。
 

内ちゃん

 投稿者:やっせんぼ  投稿日:2017年 5月31日(水)10時15分52秒
  私は泣いていますなんてリリーじゃあるまいし実に情けない投稿をしてしまい落ち込んでいます、

そうですか内ちゃんは元気で高田の街でブリブリ言わしているのですね、鯉の解体処理で血だらけの包丁を下げ竹藪から現われた時こだわりさんはひったまげたシーンを想像したら思わず笑みがこぼれました。
そうですね、大分登高会のメンバーで昔話に花を咲かせての夏河豚なんか良いのでは思ったりしますが、その前に6月医大の定期診察でM教授からいかなるご神託が下されるのかその後の話ですわね。
 

お詫び

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 5月24日(水)22時50分14秒
   豊後高田の内〇さんの一挙手一投足が分かるような気がします。健在ぶりの描写、ご同慶に堪えませぬ。・・・・と「我が家のPC云々」を書き込む前段で、言っておかなければならなかった、と反省しています。  

我が家のPC接続の外付けHDDが突然謀反を起こす!

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 5月24日(水)22時42分36秒
   先週末、我が家のパソコンに繋いでいる外付けハードディスク(HDD)が突然認識しなくなった。そこで本日昼休みにデータ復元を目指して、会社近く 復元作業専門の某社福岡営業所(博多区博多駅南1丁目)へ本体を持ち込んだところ、初期診断でHDD本体内のプリント基盤の損傷と判明した。判定は「重度障害」とのこと。データを復元させるのに、最低でも費用が27万3千円(作業によっては30万、40万~)かかるとのことで、即、諦めた(2~3万円ぐらいで収まるなら復元してもらおうかな、と思っていたが、一桁違った。そこまで金をかけて復元する決断はできなかったのが偽らざるところ)。

 データは1970年代~2012年までの写真画像で、今年7月以降、リタイアしたあとに過去の文書整理として写真と文を再編集したいなぁ、と思っていた矢先、大切な編集ソースの一端を失なった、という訳です。相手の担当者が言うには外付けHDDの寿命は4~5年。少なくとも二重のバックアップを取ることを薦めているそうだ。加えて我が家では本体のパソコンに常時外付けHDDを繋いでいたが、パソコンの電源を落とす度に、外しておくことが大事だと言われましたね。

 過去、引越しの度に整理が悪く、昔の写真が少しづつ無くなってきて、特に1980年以前の写真など、登高会時代や青春の多感な時期の写真がごっそり抜けてしまい、我が老後の生きがい設計に暗雲をもたらすのではないかと、案じています(笑)。それにしてもデータ復元のコストが法外なのはどうしてなんでしょうかねぇ?そんなに高い技術が要るのか、復元機器・設備に多額の投資をしているのか、そもそもがブラックボックスの中身を復活させる対価そのものが、ブラックボックスじゃないかと、言いたくもなりますね。併せて電子データは何かのトラブルで一瞬にして無くなることを常に念頭に置いて管理しておかなければ・・と痛感した次第です。


 

うっちゃん

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 5月24日(水)15時59分34秒
  一昨日仕事で国東半島方面の現地に出かけました。安岐町から豊後高田に抜け、内〇さんの家の前にさしかかった時、「昨年臼杵のフグ以来だが、最近元気にしとるやろか」と気にかけながら移動中の車からわき見運転していると、自宅横の竹やぶから見慣れた顔がぬーっと。

赤く染まった手には包丁・・・ちょっと怪しげな雰囲気。車を停め大声で名前を呼ぶとこっちを見るがなかなか気づいてくれない。

聞けば、すぐ裏の川で鯉を獲ったんで、解体の真っ最中だったとか。バケツの中には大きな鯉の切り身などが…。

「ワレも半分持って帰らんか」・・・「うっ、入れ物がないし・・・(こだわりは川魚はあまり好きではないので)」

「カズヒコさんは将棋で頑張っとるし・・・みんな元気でやってるかなあ」「吉〇はどうしてるんかのう」「やっちゃんとこのフグ、またみんなで食いてえのう」「こないだはやっちゃんと話が出来んかったし・・・」「今度やるときは仲間内だけがいいのう」

ということで、うっちゃんこと内〇さんは、ひところの野菜作りよりも最近はシルバー人材センターの仕事が忙しいとか言いながら、元気そうでした。

以上「会員消息」でした。

 

よく頑張りました

 投稿者:こだわり  投稿日:2017年 5月24日(水)15時40分56秒
  小径車とはいえ20km/hrはキープして欲しかったねえ。

それはともかく、いつになくコンパクトなレポートで分かりやすかったですよ。
お疲れ様でした。
 

ツール・ド・しものせき130㌔完走!

 投稿者:湯っ栗  投稿日:2017年 5月22日(月)13時11分47秒
  ツールドしものせき 130キロを小径車(プロンプトん号)でなんとか時間内に完走しました。スタートは8時48分。ゴールが15時35分でした。ブロンプトン号は登り坂にからっきし弱い(ほんとはエンジンが弱いのだけど・・)ロードレーサー諸兄に抜きたいだけぬかれたが、詮無いこと。まぁ関門にも引っかからず完走出来たことをヨシとしなくちゃ、とこわばった両脚をいたわりながら思っています。

でももし次回出るとしても、小径車は難儀だなぁ、と経験したからこその感慨です。

写真はスタート前とその行列 。先頭が8時ちょうどにスタートして6人づつ15秒間隔なもんだから、と48分後になった訳。
 

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